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My ☆ Sugar Babe

chapterW  「Sugar」 な彼女 prologue



「はぁ……」
窓のない、マンションのトイレで、もう何度目かもわからないため息をつく。
彼女はトイレで便器に座ったまま、信じられない思いで手の中のものを見ていた。
白いプラスチック製のスティック。
窓には赤紫色のラインがくっきりと浮かび上がっている。
洋服の上から、まだ何の変化もないお腹の上に、そっと手を置いてみる。そこに自分以外の命が宿っているなどと、とても信じられなかった。

「どうしよう」
38歳にして初めての妊娠。それも予定外の。
今までも付き合ってきた幾人かの男性と、その時々にベッドを共にしてきたが、避妊を怠ったことはない。それでも何度か失敗したかと思った時に、妊娠しなかったことが今回の気の緩みをもたらしたことは否めないだろう。
「やっぱりあの時よね……」
いつ妊娠したのかも、はっきりと分かっている。
あれは先月の終わりから1週間ほど、仕事で九州に行ったときだ。
いつもは一人で行く出張に、今回に限って彼が同行した。エリアの販路拡大に多大な貢献した立役者である彼は、いまだ九州支社では伝説的な存在だ。
行く先々で旧知の取引先や社内の支店長クラスの歓待を受け、連日の酒席が続いた。
その最終日。
翌日が週末に重なるため、帰京を翌日に延ばしたおかげで少し時間に余裕ができ、珍しく夜に何も予定が入っていなかった二人は、一緒に食事に出かけた。
周囲にあまり知った人がいない、解放感もあったのだろう。
有名な中洲の屋台をめぐり、ほろ酔い気分になっていた二人は、昔のように手をつないで寄り添って、夜の博多の街を歩いた。
いつの間にそんなに飲んでいたのか、彼もかなり酔っていたように思えたが、今となってはよく分からない。
気が付けば、出張中の定宿にしていたホテルの、彼の部屋のベッドの上で、二人はもつれ合うようにして唇を重ねていた。
「由紀乃、由紀乃……」
名を呼ばれながら、着ていた服を肌蹴られる。露わになった肌を彼の手が撫で回し、唇が食んでいく。
ベッドに押し付けられた彼女の体はすでに興奮で潤み、彼の性急な挿入に抗うどころか嬉々としてその侵入を受け入れた。
いつものように、優しい前戯も労りの交感もなく、ただ互いの本能のままに抱き合った。
それはまるで15年前の、あの夜のように。

そして……
すべてが終わった後で、由紀乃はそのまま寝入ってしまった彼の側を離れ、自分の取っている部屋に戻ろうとした。だが、ベッドから起き上がった時、自分の太腿に伝うものを見た彼女は一瞬体を強張らせた。
「嘘……」
その時初めて、彼女は気づいたのだ。
その夜に限って、彼が避妊してくれなかったことに。




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